二郎の日記

スキー&スノーボード2004-2005

6.3 私の経験した「飲酒欲求」とそれにより引き起こされる過ちです

 お酒を止めようと思っても止めることが出来ない、私が経験した状態は「酒にとらわれた心」に書いています。でもこれだけでは、何故止めることが出来ないのか、同じ経験をした人には判っても、他の人には判らないように思います。

 毎日晩酌する人が「休肝日」を設ける。これが、簡単に出来る人には判らない「お酒を飲まなくてはいられない」葛藤があります。

 まだ自分の意志で「休肝日」を設けていた頃、帰宅時に「今日はお酒を飲もうか飲むまいか」コイン占いで決めていた時期もあります。その頃には、手のひらを開けコインの裏側が見えていると、今日は休肝日とお酒を飲みませんでした。

 何時の間にか、コインの裏側が見えていても、「まあいいや、今日は疲れているからヤッパリ飲もう」に変わっている自分がいました。この頃は、まだ飲酒欲求と言うほどのものではなく、「昨日は飲みすぎたから、今日は止めておこう」と飲まない日があったり、「明日は大事な仕事があるから、今日はこのへんで切り上げよう」と、お酒を途中で止めることも出来ました。

 私は読書が好きです、休肝日を気にすることが無くなった頃、毎晩居酒屋で「焼きソバ」や「野菜炒め」をつまみにビールを飲む、片手には単行本がありました。ビールを大ビンで5~6本飲み、読書の時間です。そして、酔ってくるとそろそろ切り上げて、電車の駅へ。そのまま帰宅すればよいのですが、公衆電話からスナックへ電話、「**の駅前にいるから」。迎えにきてもらって、いよいよお酒の時間でした。その後、ウイスキーを飲んでスナックのメンバーと飲む、気が付くと朝、一人住まいのアパートで目が覚める。こんな日を繰り返していました。時には、居酒屋が閉まってしまう時間まで仕事をすると、夕食は無しで、会社からスナックへ直行。飲みすぎは身体に悪いけれど、お酒はストレスリリーフに最適、そう思っていました。お酒を飲みたいとか、飲酒欲求について考えることなく、毎日飲んでいました。

 気が付くと、人とお酒の話では違和感を持つようになっていました。少量のお酒で切り上げることが出来なくなっていたのです。職場の人と飲みに行っても、それで終わる事無く、最後は一人でスナックへ。スナックが閉まる時間になると朝まで開いている「お好み焼き」の店、知り合いの寿司屋で暖簾を仕舞ってのお酒、朝目が覚めると、ポケットに入っている領収書で気付く始末です。「車にガソリンを飲ますぐらいなら、自分が酒を飲む。」この頃よく言っていた言葉です。

 そして、このままではいけない、お酒を飲まない日を作らなくてはと思った時、お酒を止めることが出来ない自分になっていました。

 お酒を止める日を作るため、車を買いました。車通勤「乗ったら飲むな、飲むなら乗るな」こんな簡単なこと、自分には守れると思って車を購入しました

 それが何時の間にか、ビール2~3本なら運転に支障ないと思い、飲酒運転の常習者になってしまたのです。これだけなら、アル症の人間はアルコールに対する耐性が出来上がっているので、事故の確率は低いものと今でも思ってしまいます。この気持ちの変化は恐ろしいものです。もっと恐ろしいのは、ブラックアウトになっての飲酒運転です。

 アル症の症状が進むと、職場の宴会がある時にはお酒を多く飲むことが判っているので、飲むと自分が何をするか判らないので、車は会社の中に止めて宴会へ出席するようになっていました。そして、翌朝目覚めると自宅には車が止まっているのです。記憶の無いまま飲酒運転で帰宅しているのです。会社の門には守衛がいて、部外者は入れないようになっている。その前を翌朝は記憶を無くしてしまうほどの状態で通り、車を運転して帰宅する。アル中でなければ出来ないことです。そんなことが年間5~6回はありました。

 自分でも情けなかったので、宴会時には車を家において出社するようにもしました。しかし、ブラックアウト時の飲酒運転防止はこれだけでは出来ませんでした。記憶が無い状態で帰宅すると、そのまま車に乗って出かけてしまうことがあったのです。それもスナックへ!

 人から聞いて判ることで、情けない、恐ろしいと思うのですが、徐々に感覚は麻痺していきました。

 それでも、飲酒運転に関する嫌悪感は悪夢として寝ている間に表れていました。よく車を何処に止めたのか判らなくて、探し回る夢を見ました。(実際にはそんなことはありませんでしたが、...)又、車を運転している時に、ハンドルが外れてしまう夢、ブレーキが壊れてしまう夢、果ては屋根が取れてしまう夢まで見ました。笑い話のようですが、夢の中では運転中に生じるリアルな夢で、とても恐いものです。

 お酒を止めた今、悪夢を見ることは無くなりました。職場の宴会へも車で出かけています。車の運転に関しては、お酒を止めたことで本当に楽になりました。このストレスも、自分をお酒に追い込んでいたのだと思います。見事な悪循環、お酒を飲んでいた当時は、悪循環であることに気付いても、お酒を止めたくても、止めることは出来ませんでした。

 今日はビール一本で止めよう、そう決めて飲み始めると、途中で止めることが出来ません。まるで、「咽喉の渇きを覚えた時、ジュースを飲んでよけいに咽喉が渇いて、もっと飲みたくなる。」そんな感じです。「お腹がすいてご飯を食べだしたのに、ますますお腹が減ってくる。」そんな感じです。子供の頃、「お腹がへって我慢出来なかった。」あの感じを思い出します。生理的欲求で我慢出来ないのです。そうなる自分が判っているので、決めた量だけを買って帰る。負けることが見えているのに、何度試したことか、その都度スナックで仕切り直しでした。

 しかし、この頃はまだ飲まないで過ごす日も有りました。飲まないでいれば、お酒の誘惑を意志で抑えることは出来たのです。しかし、「節酒に失敗」に記しているように、意志の力で飲まないでいることが出来る、これが「自分はアル中だけれども重症では無い」と誤解するもとになり、アルコール依存症について自分で調査する気になれなかった原因です。

 節酒に失敗した後は、お酒を飲まない日はありませんでした。休日になると朝から迎え酒です。目が覚めると、今日は朝から飲むのは止めておこうと思うのです。でも、何かイライラして気分が悪い、ビールでも飲んだら楽になるな、そう思うと冷蔵庫からビールを出していました。この頃には、お酒の量を自分でコントロールするのを諦めていたから、飲みきれない量を買ってきて冷蔵庫に入れていました。それを覚えているから、飲んでしまうのです。ある時など、朝目が覚めてお酒は飲むまいと思いながら、何時ものパターンで冷蔵庫を開けるとビールが無い、夜のうちに飲んでしまっていたのです。もうたまりません、イライラ、イライラして、飲みたいと思うと我慢出来ないのです。朝5時すぎ、車で自動販売機まで買出しです。ビールの1L缶を5本ぐらいと、ウイスキーを一本買った時、これで飲めると思うとすごく安心したのを覚えています。

 今思うと、あの「お酒を飲みたい」と云う気持ちは「病気」です。ですから「飲酒欲求」と言う言葉がピッタリです。

 家族で旅行した時も、アルコール耐性が低下しはじめていた私は、いつもなら何とも無い量のビールで吐きました。でも、家族に気付かれないように口をゆすぎ、少し休憩するとまた飲みました。そして、身体がお酒を受け付けなくなって、飲めなくなっているのに、最近はお酒の量が少ないから大丈夫。そう信じ込んで飲んでいました。

 身体は正直です、やがて飲めなくなり、アルコール専門医の診断を受け、断酒が始まりました。

 禁酒した経験があったので、家にあるお酒を処分するとともに、大量の麦茶を家内に作ってもらいました。ビールの代わりに麦茶です。しかし、断酒を始めた時の「飲酒欲求」は、その前の禁酒の時と比べ物にはなりませんでした。身体は弱っているのに、飲んではいけないのに飲みたいのです。飲みたいと思うと、大量の麦茶を飲みました。咽喉の渇きが癒されると、お酒を飲みたい気持ちが少しは治まるからです。後で知りました、断酒には咽喉の渇きや空腹が禁物だと、そのような知識が無くても、経験で咽喉の渇きを避けることにより断酒をスタート出来ました。

 その後も、お酒を飲みたい症状は繰り返しおそってきました。しかし、アルコール専門医に毎日通院するようになって、毎日の点滴と抗酒剤の服用で「飲酒欲求」は、断酒開始時ほどではなくなりました。そして、日々アルコール依存症の勉強をする間に、アルコールの恐ろしさを理解し、もう飲むことは出来ないことを知りました。しかし、頭の中の理解と「飲みたい気持ち」は別物でした。通院している仲間が「スリップ」してしまった姿を見て、先輩の断酒の経験を聞き、お酒を止める決意だけは固まっていきましたが、「飲酒欲求」は忘れたころに襲ってきました。何度、抗酒剤を服用していて良かったと思ったことか判りません。

 お酒は「薬物」それからの「離脱」のためには、「毒」をもって「毒」を制す。抗酒剤も「薬」だから、何らかの副作用はあるに違いない。しかし、お酒を飲むことに比べればものの数ではない。そう思いました。そして、自助グループへの参加、同じ病の人から「頑張れよ」の言葉、嬉しかった。この言葉を思い出すと、私の場合不思議と「飲酒欲求」は治まりました。

 誰もお酒を飲まない辛さは判らないだろう、そう思っていましたが、同じ病気の人の言葉は素直に聞くことが出来ました。人によって違うと思います。しかし、人の言葉を素直に聞くことが出来るようになると、不思議と「飲酒欲求」は軽くなっていきました。

 貴方も、心を開いて「アルコール専門医」の門を叩いてみませんか?
 貴方も、心を開いて「自助グループ」に参加しませんか?

 お酒を飲みたい気持ち「飲酒欲求」が、少しは軽くなります。この「飲酒欲求」は、アルコール依存症の症状なのです。身体や、心に表れる障害は人それぞれ、それでも「断酒」することで、この病から回復することが可能なのです。貴方の「障害」はお酒を止めることにより改善されるのです。そのために、「医療」や「自助グループ」の力を借りる、大切なことです。一人では、病に立ち向かうことは出来ません。病気ですから、治療が必要なのです。
by jirou_ah | 2008-10-26 03:46 | 出版 | Comments(0)
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ネクタイアル中・回復の日記
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