二郎の日記

スキー&スノーボード2004-2005

6.4 「飲酒欲求」軽減の経緯

 飲酒欲求、断酒を困難なものにするものの一つに、飲酒欲求がある。この飲酒欲求、曲者である。アル症者と知らずに治療していた患者が、病院を抜け出して飲んでくる日。入院三日目の出来事は、内科医の方々の憎悪の対象になる。その憎悪の発生要因に、飲酒欲求がある。この時期の飲酒欲求は強烈で、なかなか乗り越えれるものではない。

 しかし、この飲酒欲求も断酒して1週間、2週間と経過していく間に徐々に軽減される。一月もすると、すっかり大丈夫だと自分では感じるようになってしまう。もう俺は飲酒欲求もないし、飲まない生活に慣れた等と思ってしまいがちなのである。

 しかし、この飲酒欲求は曲者で、何かあると直ぐに出てくる。それもかなり強烈なものが出てくるのである。そう、入院三日目の、内科医の嘆きが聞こえてきそうなぐらいに強烈なものが。

 私は、こと酒に関しては意志の強い人間である。あれだけ人にお酒を止めろ言われても飲み続けるだけの、強固な意志の持ち主だったのだ。それだけ強固な意志の持ち主であるのだから、禁酒することなんて簡単だ、「止める気になれば何時でも酒ぐらい止めてやる」と豪語していた人間なのだ。注1

 それを証明するため、アル症の診断を受けて専門医に出向くまで、1週間以上の期間を我慢の禁酒で乗り切った。もうしばらくは飲まないのだからと、家にあったビールやウイスキーを全て家内に言って捨ててもらっての禁酒開始であったのだ。そして、ビールの代わりに、大量の麦茶を作ってもらったのだ。

 専門医での治療が始まると直ぐに「断酒」と言う言葉を聞かされた。一生飲めないのだと言い渡されたのである。意志が強いと自負していた私は、愕然とした。目標があれば、それを達成するために少々のことは我慢できる。3年、いや5年であっても酒を止めることは出来る。それは、その間我慢すれば体が元通りになり、飲めるようになる。そんな目標があれば、努力は報われるのだから、我慢できると言うものだ。だのに、その目標が無い、「断酒だと、いい加減にしろ!」と思ったのだ。

 こうなると意志の問題ではない、意志の力では断酒など出来ない。そう感じた私は、医師の処方に従い、素直に抗酒剤を服用した。そして、抗酒剤のおかげで何度かスリップの危機を乗り越えることが出来た。そう、入院三日目の、内科医の嘆きが聞こえてきそうなぐらいに強烈な飲酒欲求も、抗酒剤のおかげで乗り越えることが出来たのである。

 アル症の治療期間中に、アル症関連の専門書を読み漁った。その中に、断酒継続率の記述があった。それによると、専門病院退院後僅か3ヶ月で約半数の人間がスリップしてしまうと言うのだ。そして2年間で断酒継続者は、全体の2割程度にまで減ってしまうと言うのだ。私はその2割に入りたいと思った。そのためにまず断酒会に入会することにした。専門書によると、自助グループにつながっている人の断酒継続率は優位に高いのだ。だとするなら、断酒会に入って、自分の断酒をより確実なものにしたいと思ったのだ。

 アル症の毎日通院も終了し、職場復帰をすると仕事のストレスが戻ってきた。そんな時には、度々飲酒欲求が襲ってきた。それを感じるたびに、ああ抗酒剤を服用していて良かった。そう感じたのである。

 そんな私が抗酒剤を服用していた期間は、約半年である。専門医からは一年間は服用するようにと言われていたのだが、半年もすると2週間に一度の通院もしなくなった。そして、抗酒剤の服用も止めてしまったのである。それは、あの強烈な飲酒欲求が、随分と軽減されてきたからである。それでも一週間に一度は断酒会の例会に出席し続けることにより、断酒のための行動は採り続けたのだ。

 断酒して一年もすると、あの強烈な飲酒欲求はすっかり影を潜めた。しかし、もうお酒を止めて一年も経過したのだから大丈夫だろうと、別の意味でストレスも増大していった。その見返りに、そう強烈なものではないが、飲酒欲求が訪れてきた。しかし、その程度の飲酒欲求なら、乗り越える術を身に付けていた。そして、スリップの危機を乗り越えることが出来たのである。

 断酒の安定期は、断酒して3年以降と専門書に記載されていた。その3年を迎えた頃にはすっかり飲酒欲求は姿を消した。たまに訪れてきたとしても、「こんな時、昔なら飲んでいただろうな」とか、「お酒を飲めたらいいな」と言う程度のものであり、もう飲酒欲求と呼べるようなものは感じなくなったのだ。

 しかし、ここにも落とし穴がある。「お酒を飲めたらいいな」が、「もう飲んでも大丈夫かも知れない」等と考えてしまいそうになるのである。こんな時、自助グループは役に立つ、貴重な我が身を使っての人体実験経験者の話が聞けるのである。そして、断酒の必要性を再認識して、あの苦しかった飲酒時代に逆戻りすることもなく、断酒を開始させるときの、あの強烈な飲酒欲求を体験することも無く、断酒を継続できているのだ。

 私は、断酒後フランスへ出張することになった時、体調不良が間欠的に訪れた時など、アル症の専門医へ出向きアドバイスを受けている。餅は餅屋と言う言葉があるように、専門家の意見を聞いたり、診察を受けるためだ。もう、飲酒欲求は殆ど感じることは無いが、それは今症状が治まっているだけで、何時再発するのか判らない。そう、アル症は不治の病であるのだ。それを自覚しているからこその専門医へ出向くのである。今も、専門医の診察券は大切に保管している。抗酒剤を冷蔵庫に保管しているのと同じ認識だ。私は今後も断酒を継続したい。飲酒欲求を感じることなく、楽な断酒を継続したいのである。

 飲酒欲求、その発生源は脳内にあるのではないだろうか。アルコールによって神経伝達物質の授受に異常をきたしていたのであるから、断酒を開始して間もない期間は、脳内でお酒を飲まそうとする力が働いていると見てよいように思う。ひょっとすると、脳内だけではなく、体全体で飲まそうとする力が働き、飲酒欲求を感じるのかも知れない。

 断酒して、一定の期間が経過すると、体もアルコールの無い生活に慣れてくる。脳内神経伝達物質の授受も徐々に正常値に復帰するはずである。しかし、この期間はかなり長いものらしく、断酒後の鬱病あるいは鬱状態の継続が、お酒の影響がかなり長期間にわたって残っていることを示しているのだと思う。そんな長期間影響の残るものであっても、少なくとも私からは飲酒欲求は消えた。注2断酒が楽になっているのである。それは、飲酒欲求のかなりの部分をアルコールと言う薬物の影響であると考えると理解しやすい。その薬物の効果の半減期は、症状によって異なるのかも知れない。鬱病や鬱状態に対しては、飲酒欲求よりも長い半減期を持っているのかも知れないのである。ひょっとすると、その半減期にはかなりの個人差があるかも知れないが、それでも飲酒欲求が軽減されれば、かなり楽に断酒出来るようになるはずである。

 「もう飲んでも大丈夫かも知れない」等と考え出さないように、アル症は不治の病であることを何度も再認識しながら、楽な断酒を続けたい。私はそう思っている。

 注1:意志の強弱と、お酒を飲み続けることに関係はありません。ここでは比喩として、ある意味では冗談として意志が強いと記しました。誤解を解くために、注記致します。

 注2:離脱症状が治まると遷延性退薬徴候が現れ、この遷延性退薬徴候を基盤に急性退薬症状が再燃し、そして飲酒渇望(飲酒欲求)が繰り返し出現してきます。ここで言う退薬症状は身体依存を考えたものではなく、インフルエンザやリュウマチ熱による脳炎後の間脳症状群に対比させ遷延性退薬徴候を形作る症状を、特徴ある症状ごとに型別にまとめたものの一つです。

 しかし、飲酒渇望(飲酒欲求)は、遷延性退薬徴候の必須条件ではなく、30歳までの者では稀で、それ以降年齢が増すにつれて共通の症状となるようです。遷延性退薬徴候が断酒して6ヶ月以内に顕著で、その後徐々に軽減されるものであることを考慮すると、私の経験はアル症者の平均的な飲酒欲求の経緯であったのかも知れません。

 注2は「アルコール依存の生物学:日本生物学的精神医学会編」を参考にして記載しました。
# by jirou_ah | 2008-10-26 02:47 | 出版 | Comments(0)

6.5 スリップのメカニズムとその危険性について

 最近の研究では,ヒト成人の脳は一生を通じて脳細胞の新生が可能で,毎月何百,何千というニューロンが新たに形成されることが示されていますが、アルコール依存時にはニューロン新生,つまり,脳細胞の発生が阻害されます。言い換えれば、アルコール依存症者がスリップしてしまうと、日々ニューロンの形成が阻害され、加速度的に前頭前領域の機能障害を引き起こし、正常な判断が出来なくなるのではないでしょうか?

 また、神経伝達物質の授受に異常をきたしますので、飲酒時にマヒしていた大脳新皮質の機能が回復すると、焦燥感が倍化され、言い知れぬ不安に襲われます。その不安から逃れるため、再飲酒を繰り返すと、ますます正常な判断が出来なくなり、体がお酒を受け付けなくなるまで、飲み続けてしまう、連続飲酒に陥ってしまうのではないでしょうか?

 一定期間断酒していると、お酒を飲める体質であっても、アルコールに対する耐性が低下します。しかし、多くの方が、スリップしても酔わなかったと仰っております。これは、脳のアルコール耐性は直ぐに飲酒時のものに修復され、体のアルコール処理能力が相対的に低下した状態になることを示しているように思います。

 内臓疾患は、断酒により、ある程度回復しますが、スリップするとの表現をされる方々は、断酒を余儀なくされた体になるまで飲み続けた方々です。内臓の受けたダメージは完全には回復するものではなく、傷ついた内臓が悲鳴を上げるのは、時間の問題です。

 スリップして、そのまま他界されてしまう方が多くいらっしゃることが、上記仮説を裏付けております。

 又、スリップが引き金となって、自殺されてしまう方が多くいらっしゃることを考えれば、脳内の神経伝達物質の及ぼす影響が、自己否定を倍加させることも明らかです。

 アルコール依存症のあり地獄に囚われないためにも、スリップしたならば、可能な限り早い時期に専門医の診察を受ける必要が、あることは間違いありません。




6.5.1 アルコール依存症者にとって、スリップとは何でしょうか?
 アルコール依存症者にとって、スリップとは何でしょうか?
 それは、病の再発に他なりません。
 病の再発ですから、再発した原因があるはずです。
 原因は大きく二つに分類出来るのではないでしょうか?

  1)断酒の基礎がぐらついてきてしまった場合。
  2)生活上で、耐えきれないようなストレスが発生してしまった場合。

 断酒の基礎がぐらついてスリップしてしまた場合には、多くの先輩方の苦い経験を思い出して下さい。
 尊い命をスリップにより落とされてしまった方々。楽しいはずの家庭を、スリップで崩壊させてしまった方々。

 あなたは、先輩方と同じ苦い経験をしたいのですか?
 あなたは、お酒を飲んで、人間を止めてしまうのですか?

 あの苦しい、離脱症状を、もう一度乗り越える必要がありますが、専門医に出向き、断酒を再開しましょう!

 自助グループに出向き、仲間にスリップしてしまったことを報告し、断酒を再開することを、仲間の前で誓いましょう!きっと、立ち直ることが出来ます。一度、断酒の道を歩むことが出来たあなたです。もう一度、出来ないわけがありません。

 そして、断酒の基礎を、土台を、強固なものとして、断酒の道をご一緒しましょう!

 耐えきれないようなストレスが発生してお酒を飲んでしまった場合は、どうでしょう?

 私は、強烈なストレスが発生した場合に、お酒を飲みたいと思ったことはありませんが、それが解決したときに、非常に危なかった時があります。

 ビールの自動販売機の前で、固まってしまったのです。

 耐えきれないようなストレスが発生した時、あるいはそれが解決したとき、何故お酒が飲みたくなるのでしょうか?

 この先のことを考えると不安で、お酒でも飲まなければやってられない!
 そんな感じで、手が出てしまうことがあると思います。

 私が、アルコール依存症のことを勉強した過程で、印象に残った言葉があります。

 『アルコール依存症者は、お酒を飲むことによって、生きる力を得たのだ。お酒を飲まなければ、とっくに自殺していたり、家庭崩壊を招いてしまうところを、お酒を飲むことにより、乗り越えてきたのだ。』

 との言葉です。この言葉に出会った時、私は救われました。
 そして、思います。生き延びるためには、必要なスリップだってあるのではないかと。

 しかし、スリップして、何時までも断酒の道に復帰できなくては、本当に命を落としてしまいます。
 たとえ命は落とさなくとも、大切なものを無くしてしまいます。

 スリップしてしまったことは仕方ない、しかし、過ぎ去ったことに何時までも囚われず、再出発の道を選ばなければなりません。

 再び断酒して、ストレスの源と、対峙しようではありませんか!
 その原因を乗り越え、新たな人生を築こうではありませんか!

6.5.2 第三のスリップの原因
 断酒に対する 疑問 迷いが生じてスリップする場合があるとのご意見がありました。

 これは、『断酒の基礎がぐらついてきてしまった場合。』に含まれるような気もしますが、少し違うようです。

 長年断酒していて、もう適正飲酒出来るのではないかとか、断酒していても何も変わらないとか、断酒そのものに対する疑問や迷いが生じてスリップしてしまう場合です。

脳科学の観点からは、ニューロンの再生により、長期間の断酒を経れば、脳のダメージは殆ど回復しているはずです。脳内神経伝達物質の授受も正常に戻っているはずです。なのに、スリップすると、短期間で元に戻ってしまう、何故でしょう?

 一度自転車に乗れるようになると、その乗り方を忘れないことや、一度泳げるようになると、泳ぎ方を忘れないのに似ています。これらは、すべて脳内での記憶に起因しているのではないでしょうか?

 そう、アルコール依存症者は、一度アルコールのコントロール障害という特性を獲得してしまうと、一生その記憶が消えないのです。

 ですから、長年断酒していても、適正飲酒が出来るなどと、幻想を抱いてはいけないのです。多くの方々が、貴重な経験を通じて、そのことを証明してくださっています。

 断酒していても何も変わらないとか、断酒そのものに価値を見出せなくなってスリップしてしまう場合はどうでしょう?

 人間は、喉もと過ぎれば熱さを忘れる動物です。断酒に至った悲惨な経験も、時が過ぎれば風化してしまいます。自助グループがまだ無かった頃、殆どのアルコール依存症者は再飲酒して、病を再発させてしまっていました。その多くの場合が、この風化に起因しているのではないでしょうか?

 現在では、自助グループから遠ざかり、それでも長期間の断酒を継続している方々もいらっしゃいます。その違いは、どこにあるのでしょう。

 私は、断酒の底上げによる、生活レベルの向上が一因だと考えております。スリップして失うものが多くある場合には、スリップによるダメージをより明確に持つことが出来、断酒の防波堤になっているように思います。

 スリップしても、失う物が少なければ、そのダメージを想起しにくく、断酒の意義を見失いやすいように思うのです。

 スリップしても、失う物が少ない。本当にそうでしょうか?

 それは幻想です。どのような生活をしていようと、断酒により獲得した脳内のニューロンの再生や、神経伝達物質の授受の正常化という貴重なものは、変わらないのです。スリップしてしまえば、その貴重な獲得物を、急速に失うことになってしまうのです。

 では、せめて、月に一度ぐらいの定期的に意図して飲酒するのであれば、脳内の獲得物を失うことなく、お酒を楽しめるのではないか、そんな声が聞こえてきそうです。

 本当に、そうでしょうか?
 何故、そこまでお酒に囚われなければならないのでしょうか!

 月に一度定期的に意図して飲酒していたとしても、何時かはお酒に囚われ、月に一度が、週に一度となり、やがては毎日飲酒するようになる。お酒の罠が待ち受けています。この罠の恐ろしさは、長期間の断酒の後、病を再発させてしまった、多くの先輩方の経験からも明らかです。

 断酒の意義、実生活上では見えにくい場合もあるかと思いますが、脳内のニューロンの再生は、生活における様々な場面で、あなたの人生の選択に大きな影響を及ぼし、少しでもよりよい人生へ自らを導いてくれているのです。

 そんな、貴重なものを手放す訳にはいきません。もし、上記のことに気付けず、スリップしてしまったなら、なるべくダメージの少ない時期に、できるだけ早く、専門医の門を叩き、断酒の道に復帰して欲しい。私は、そう願っております。
# by jirou_ah | 2008-10-26 01:48 | 出版 | Comments(0)



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